古代遺跡、イスラム文化、アラ      ブ文化、美しい砂漠とオアシ

 ス、 透明度の高い海・・・

 魅力あふれるエジプトは、

 2度、3度と訪れても、きっと

 新しい発見が待っいる! 

憎めないエジプシャン達と

出会い、大自然に触れ、 

古代遺跡を訪ねれば、

きっとまたエジプトに

戻りたくなる

 



エジプトの香


ジャスミンの花

 真夏の夕方カイロ・ルクソールなどの街中、白いジャスミンの花を首飾りのようにつなぎ、路上で売り歩くジャスミン売りをよく見かける。車で信号待ちをしていると停止している車の間をすりぬけ、窓越しに売り歩く。一つ買って車内に持ち込むと、車内はたちまちジャスミンの香りで一杯になる。自宅に持ち帰り、部屋に掛けておくと、1?2日、部屋の中はジャスミンの香りで満たされる・・・ エジプト北部タンタにジャスミンの花の栽培地域がある。ここで栽培されたジャスミンの花は、選りすぐられ香水の原料になる。そしてヨ-ロッパに渡り、例えばフランスでニナリッチなどのブランドが与えられる。

エジプトの香水店 

エジプト各地には、多くの香水店があり、どこの店も大体ディスプレイは同じで、店の壁にはずらりとガラス(パイヤレクス)の香水瓶とボトルに入ったさまざまな種類の香水が並ぶ。 シャイ、コーラなどが振る舞われ、店主の香水に関するウンチクが始まる。 店の壁は鏡張りになっており、店内に明かりが点けられると、鏡の反射などにより店内が妙に煌びやかになる。 店内の様々な香りとあいまって、外の世界とは別世界に居るような気持ちになり、エジプト香水商人より、香水を1?2個買ってしまったりする。

エジプトの香りの歴史

紀元前、キリストが生まれた時、東方からの三人の使徒が贈り物を持って聖母マリアとキリストのもとを訪ねた。 その贈り物は、黄金・没薬・乳香であったという。 古代エジプトでは、乳香と没薬は貴重な品物であった。 当時、エジプトではこれらの香料を作ることは出来なかったので、アラビア半島から輸入していた。 香料を手に入れるため当時のエジプトの貿易船は、旅の途中で一度解体され、陸に上げられ、砂漠を通り、紅海沿岸の港町で再び組み立てられて紅海からソマリランドへと入った。 ルクソールのハトシェプスト葬祭殿の壁画などにこの交易の様子が描かれている。  乳香は、ミルクの様な白い色で心地よい香りを持ち、王達の色々な儀式には欠かせない香料で、没薬は、褐色でミイラの体内に詰めたり、包帯の上から塗られたりした。 いずれも火を焚いて香りを焚き染めて使われた。

 英語の香水を表すパフューム(PERFUME)は、ラテン語のPERFUMUM という「煙に通す」という意味の言葉から来ている。 王達の数々の儀式に使われた香料は、その後、貴族や、裕福な商人、そして庶民達へと広がっていった。 古代エジプトの王や王妃達は、沐浴をし、体に香油を塗り肌の保護をしていた。 香油は乾燥から肌を守り、またその香りは心をリラックスさせた。 現在のアロマテラピーの原点である。

古代エジプト人達は、花を摘み、花びらを麻の袋に入れて搾り、花のエキスを取ったり、その香りのエキスを動物の脂にしみこませ、香りを長時間持続させるなどの工夫をした。

 世界で最初に現在の香水に近い香料を作ったのはアラブの科学者であったという・・・。

ヨーロッパからアラブ(イスラム圏)に進入した十字軍の兵士達は、それを本国に持ち帰った。 その香料は、バラの香りだったという。 このバラの香りは、バラ水としてたちまちヨーロッパでも愛用されるようになり、今日に至る。

 今でも実際、エジプトからフランスなどへ高級ブランドの香水の原液が輸出されている。 また、エジプト人の家庭でも香りが非常に重要視される。先述のジャスミン・・・あるいは、訪問者にバラ水をふりかけたり・・・・・

 エジプトのスークなどで売られている安い香水はアルコールなどでうすめられた粗悪な物も多い。 専門家でもない限り品質のチェックは難しいかもしれない!!!エジプト各地には、多くの香水店があり、どこの店も大体ディスプレイは同じで、店の壁にはずらりとガラス(パイヤレクス)の香水瓶とボトルに入ったさまざまな種類の香水が並ぶ。 シャイ、コーラなどが振る舞われ、店主の香水に関するウンチクが始まる。 店の壁は鏡張りになっており、店内に明かりが点けられると、鏡の反射などにより店内が妙に煌びやかになる。 店内の様々な香りとあいまって、外の世界とは別世界に居るような気持ちになり、エジプト香水商人より、香水を1?2個買ってしまったりする。